「がんによる痛み以外の身体症状のコントロール」 看護師の立場から 大分ゆふみ病院 後藤隆子 1.はじめに 緩和ケアは 患者さんとその家族にとってできる限り可能な良好なQOLを実現することを目標にしています。不幸にして癌という病気になられた方々は、それぞれの時期において様々な症状に苦しんでいます。現在の緩和ケアのあり方も、がん病変の治療を行う早期においても広く柔軟にケアに取り組むことが、求められるようになりました。 私が勤務している病院の特徴を考えますと、内容が末期のがん患者さんを中心にしたものになることをご了承ください。 2.総論 がん特有な症状として知られているのは『痛み』『癌性疼痛』ですが、それ以外にも様々な症状が高い頻度で現れています。痛みも含めてそれらの症状をすべてのがん患者さんが経験するわけではありませんが、複数経験する事も多いようです。 患者さんの症状は「痛みがある上に食欲も低下している、便秘もする。」あるいは「呼吸困難があり、痛みもある、体がだるく夜も眠れない。」というように、症状を一つだけ緩和することに努めれば良いということではありません。症状コントロールの取り掛かりは、最も苦しんでいることから解放してさしあげることです。 お薬を上手に使うことにより、ずいぶんと患者さんのご様子は楽になります。 しかし、同じ薬の使い方でも、今日はつらかったけど昨日は楽だったと、同じ症状でも患者さんはそれを強く感じたり、あまり感じなかったりする事があります。 たとえば、日中「とても体がだるい」と訴えていた患者さんが夕方になり家族が来院すると楽しそうに会話している。家族が面会を終え帰宅すると、辛いと症状を訴える。 テレビの大好きな連続ドラマを見ているときは集中していて、全く症状の訴えがないなど・・このようなことは症状の違いや、場面の違いはあるにせよ、よく経験することです。 これは、身近な人々との交わりの中で温かさを感じたり、好きなことに集中して快の感覚を受け気分も高揚していることによるものでしょう。 薬剤の力を借りながら、この作用に働きかけることは大変有効であると感じます。 また、症状があることによって生じる日常生活動作の支障も、患者さんにとって大変な苦痛です。看護師はその心情を察してケアにあたることが求められます。 症状がコントロールされていないと患者さんの意識はそのことに集中し、患者さんの大切な時間はその症状との闘いに費やされてしまいます。適切な治療とケアで対応する事が求められます。 3.各論 呼吸困難 1)呼吸困難の誘因の除去 動く事、動作をすることは酸素消費量が増加しますので、できるだけ呼吸が苦しくないように、できるだけ酸素消費が少なくてすむように考えなければなりません。 日常生活においては排泄の事、食事の事、清潔に関する事など、とても細やかな配慮が必要なことは当然ですが、どのような時に呼吸困難が出現するのかを把握し除去していくことが大切です。 2)呼吸困難感という自覚症状を重要視 当院では血液ガスを採ることはありません。簡便に酸素飽和濃度をチェックします。 数値が低いときは酸素吸入を勧めますが、値が少し低くても患者さん自身が息苦しさを感じていないときは無理に酸素吸入を実施しないこともあります。 酸素吸入は湿潤器を通した酸素を使用しますが、鼻や口の乾燥は避けられません。末期の患者さんは口渇があることは多いうえに、鼻や口など違和感があり不快に思われる場合もあります。また、酸素吸入は重症感があり、酸素吸入に対して抵抗感を持つ方もいます。酸素の吸入は勧めますが、強制をしないということです。 反対に数値は正常であっても、患者さんが息苦しいと感じてつらいときは酸素を吸っていただきます。呼吸は困難感という自覚症状を重要視しています。 3)そばにいて不安の軽減 ゆっくりと一緒に呼吸する 私達は常日頃、意識して呼吸をしていません。意識せずに出来ていたことが常に意識下にあるということは大変な苦痛です。呼吸が苦しいときたくさんの酸素を取り込もうと速くて浅い呼吸をしやすくなります。そばにいる人が声を掛けて一緒に呼吸をしながら付き添います。患者さんは不安になっていますので、側に誰かが付き添い一緒に呼吸していると不安の軽減にもなるでしょう。 3)環境の調整 呼吸が苦しい時は温かい空気は呼吸しづらいようです。換気を行い、患者さんの好まれる室温に保ちます。冬であれば、足元には湯たんぽを入れ布団の中は暖かく、室温は低めにします。決して、私達の感覚で室温設定をしないことが大切です。呼吸困難感がある場合は努力して呼吸をすることになり重労働となっていますから、暑いと感じ易いです。 吸い込みやすい空気を用意するという感覚で対応します。 療養していく中で、はじめはなかった困難がいろいろと出てきます。この困難が苦痛と表現されないようにしていきたいものです。
便秘 1)薬剤性便秘に対する当初からの対策 麻薬や咳止めなど、薬によっては便秘に偏りやすいものがあります。薬の作用と副作用のうち希望しない作用ですが、出ることがわかっている副作用ですから、使用の当初から対策を練りながら対応していきます。便の出方やお腹の張りなどをしっかりと観察し、便秘にならないように、そして、排便時に怒責しなくてよいように調整することを忘れてはなりません。 2)便秘、排便困難感は評価はご本人がする 排便に関しては習慣について考慮することも大事です。食事量が少ないから看護師が3日ごとに排便があればOKと思っていても、患者さんは毎日排便がなければ苦しいと感じる場合もあります。苦しいと訴えるときはその対策を必要としている時です。 排便の調節の評価は患者さんにお願いします。ご本人が苦痛であるかどうかが大切な部分です。また、ご自身で判断出来ない方もいますので、排泄に関しては排泄物の量、性状、間隔その後の不快感の消失など観察していく必要があります。 3)服用しやすい薬剤の工夫 当院では便秘対策にラクツロースを使用しています。ラクツロースの排便排ガス促進作用を活用しています。これを倍量に希釈しシャーベットにして食べていただいています。 末期の患者さんは貧血があり口の中が暑い感覚がありますので、シャーベットは好まれます。これは薬剤師が作って、冷凍庫に在庫してくれています。 4)便秘に関して栄養士からのアプローチ 薬を好まれない方に、栄養士がフルーツジュース、バナナジュースやきな粉ジュース、ドライフルーツが便秘には効果があることなどを紹介していくと、排便にこだわっている方がこの方法を取り入れ、楽になったと言う事もありました。 専門家が説明する事で安心と挑戦の意欲がわいてきたようです。もちろん、ご家族が用意された食材をジュースにするなどのお手伝いは看護師も致します。 食欲低下と嘔気嘔吐 1)献立をする人、栄養士の存在の意味 目で楽しむこと 食事は重要な日常生活です。栄養士は相談と言う形を取り、お部屋に伺い、嗜好調査、食事形態の変更、希望の食事量などを尋ね対策をします。 もちろん、献立の中には始めから刺激の少ない食事の提供、季節感のある献立の工夫、揚げ物などの胃の停滞時間が長い脂肪性の食品を避けるなどの工夫はありますが、患者さん個々に対する出来る範囲の工夫を相談します。相談と言うのは対応できる事とできない事がありますので、その折り合いをつけるということです。 毎晩刺身が食べたいと言われても難しいですが、2週間後に予定していた刺身の献立を急遽繰り上げるなど、献立を作る人でなければできない対策です。 何度もお部屋を訪れる中で、出来る事出来ない事の返事を速やかに適切に回答してくれる ことは限られた時間である方にとっては嬉しいことです。どんな人が作っているのかを知 ることも、重要なことです。人としての関わりがあれば、栄養士ももっと工夫を加えてい くということになり、相互に良い方向に進んでいくことになります。医療現場は人と人の 関わりの中で育まれる現場であることを実感します。 2)原因にあった制吐剤の適切な選択 症状は気分だけで乗り切れるわけではなく、原因にあった適切な薬剤の選択は必須です。 吐き気の理由によりますが、吐けばスッキリするのでそれで良いということもあり、薬を必要としないこともあります。胃腸の通過障害によるものである時はおのずと使用薬剤も変わります。食事の前に服用するなどの服用方法も注意するべき点でしょう。 3)薬剤性の副作用対策 便秘の場合と同じように薬剤性に出現しやすいと判断される時は制吐剤は必ず併用していきます。特に麻薬開始時の副作用対策は十分に行わなければなりません。 4)胃腸を休めること 食べられるものを食べられるだけ 嘔気や嘔吐が辛い時は絶食にし、胃腸を休めることも良い対処方法です。 また、嘔気嘔吐の誘発を探り、その除去をすることも大切です。ご飯の湯気が吐き気を誘うという方もいました。湯気を飛ばしてから病室へ配膳することが続けられました。 食べなければ元気が出ない、食べることが生きることにつながるという考えの患者さんやご家族の方は多いと思います。しかし、無理をして食べさせようとするとかえって苦痛に感じることも多々あります。末期になりますと食べられる量は少なくなってきます。今まで制限していた甘いもの、少量のお酒など・・・いかがでしょう。 「おいしい」と感じる喜びは励みとなることもあるので、患者の状態に応じ望む形態で望むものを食べていただく事は良いことです。 5)口の中の清潔 口腔ケア 食べられないことは、口の自浄作用が低下することになります。歯磨きやうがいができれば良いのですが、それができにくい方もいます。口腔ケアはがん患者さんのケアの重要なポイントです。口の中がきれいでないと、おいしく食べることはできませんし、吐き気を誘発してしまうこともあるでしょう。 不安と不眠 1)不安の軽減、話を聴くということ 不安が強く、看護師が心理を察して就寝前にベットサイドに付き添うことを続けた方がいました。患者さんにとっては心理的に苦しい時間帯であることがわかり、看護計画の中に取り入れ、毎日、患者さんと共にその時間を乗り越えていきました。のちに「大変ではなかったか」をスタッフに尋ねたところ、「あの時はあの時間が患者さんにとって、とても大事な時間であったと実感していました。」と答えてくれました。 当院には医療ソーシャルワーカーが常勤していますし、臨床心理士が週に1日勤務してい ます。社会的な問題解決の道を開いてくれる人、話を聴いてくれる人として求めている患 者さんもいます。初回から苦しい胸の内を語られる方は少ないようですが、そういう職種 の存在の意義は大きいと感じます。 2)心身のリラクゼーション 睡眠導入には心身のリラクゼーションは有効です リラクゼーションの方法には就寝前の足浴やマッサージ、背部の温罨法などはよくされて いると思いますが、一緒に温かい飲み物を飲むことなども効果的です。患者さんによって はこの時間に看護師に対して信頼を生み、安心して眠りにつくことが出来る場合もありま す。そのようなことが毎日される必要もありませんが、眠れないときに提案してみてもいいのかもしれません。 3)生活リズムの尊重 睡眠に何時間眠れないといけないという原則はありません。量と質のバランスの主観的要素の強いものです。病院の消灯はたいていのところが21時、起床は6時頃ですが、自宅での生活はどうですか。その方々に習慣があるようです。23時や深夜に眠っていた方が2時間も3時間も早く眠ると早朝に覚醒することもあるでしょう。病状的に体が休息を求めている場合は朝も眠りからなかなか覚醒しないこともあります。病気についてあるいは家庭のことなど様々な不安を抱えていると寝付けなかったりします。 当院に入院される方は他院での入院経験のある方ばかりです。入院生活による生活のリズムの変化に多少は慣れているかもしれませんが、周囲の環境の変化や馴染みのない医療スタッフとの人間関係など睡眠に影響する因子は多くあります。 出来る範囲で生活リズムを尊重し、療養環境への適応を待ちたいものです。 4)睡眠剤に対する偏見の払拭 夜間に十分な睡眠が確保できることは、翌日に疲労を持ち越さず体調を整えるのに役立 ちます。睡眠剤は悪いものだと思っている医療従事者がいたら、必要なときに使用するこ とを躊躇するのではないでしょうか。しっかりとした知識のもとで適切な量を適切な時に 安心して使用するように考え方を変えていくことも大切です。 最後にもっとも頻度の高い症状についてです。 全身倦怠感 1)適切な薬剤を適切な時期に選択 倦怠感はエネルギーや活動能力の低下により休息しても回復しない持続的な状況で、主観的な感覚です。この症状の出現は単一な症状緩和で対応できるものではなく、食欲不振、睡眠障害なども見られ、複雑に症状的にも絡んでいます。 患者さんは「体がきつい、つらい」という表現をされます。当初はステロイド剤を使用して活力を引き出すようにしますが、「身の置き所がない」「どうしていいのかわからない」と表現されるような頃は体は休息を求めているように感じます。体が休みたいと言っているときに活気を出す薬を使うことで、かえって体はきつくつらい状況に陥ります。その頃からは鎮静剤を使用していきます。このような転換の時期を見極めて、短期作用型の鎮静剤を少量ずつ使用します。 2)エネルギーの節約と生活リズムに合わせた気分転換、充実感のある時間の提供 体が休息を求めている時期はエネルギーの節約をすることも考慮に入れ、ケアを進めます。横になる、目を閉じる、短時間の午睡することは、気分転換やご家族との良い時間を持つため、あるいは入浴や全身清拭などで心身の緊張を和らげるために使うエネルギーを充電するためです。この休息のペースは患者さんのペースを尊重します。 散歩、入浴、清拭などは体を動かすことへの苦痛から拒否される方もいますが、状態に合わせて積極的にアプローチすると、ケア後気分的にもさっぱりすることが多いです。 また、緊張して眠っているだけでは体はこわばります。関節を少しマッサージして動かすだけで楽になるようです。痛いと表現していた患者さんに肩や肩甲骨のあたりのマッサージするだけで痛いという表現をされなくなたことも貴重な経験でした。 倦怠感、脱力感が強くなると一日中傾眠がちとなることが多いのですが、そのこと自体も現在の状態では必要であるということも把握した上で、それが患者さんにとって絶望的にならないように生活のリズムを整えることは大切です。 患者さんは病状の進行に伴い、体力の低下と気力の低下を意識しています。少しでも目覚めている時間帯に気分転換を図りながら体力保持とリハビリテーションに誘うなど、小さな達成感の連続や人との交わりを通して安らぎを得られるように導くなどのアプローチをしていきます。ささやかな充実した時間は、ご家族も共有することをお勧めします。 4.まとめ 患者さんの身体症状のコントロールに関しては、この症状にはこれ、この症状にはこのケアの方法でと限局されるものではなく、すべてが絡み合っています。 基本はまずは、医師の方々に上手く薬を使っていただくこと。次いで、食べる、排泄する、眠る、体を清潔に保つなど基本的ニードを充足すること。寝返りさえ出来にくくなる患者さんへ安楽な体位を工夫し、マッサージで体のこわばりを取り、音、光、臭気など環境を快適に整えることなど。日常生活の支援・生活環境への気配りは、それまで出来ていたことが出来なくなったことに、非常に困惑し、悩み苦しんで患者さんにとって最も基本的なケアです。 また、今日の苦しみは今日のうちに、今ある苦しみは今対応すること、つらさを長く我慢させないことも大変重要なポイントです。 そして家族へは、現在の状況の中で工夫している点などを伝え、その中で家族が協力で きることなどを伝え、家族が行っている行為を支援すること、否定ではなく修正するなど。出来るだけのことをしてあげたいと思っている家族への働きかけは家族の満足度も考慮したものであることも大切なケアです。
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